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1508クラコフ―古都にいったときの事―

 最近EF500F4がほしくなる病に侵されるREMCATです、皆様こんばんは。
現在の主力は328+1.4テレコンですが、
焦点距離は100-400Ⅱと20mmしか変わらないのと
国内エアショーでもう少し長ければと思うことが時々あったため、
航空大臣を中心として調査委員会が発足しています。

さて今回のお題はクラコフ観光です。
ラドムエアショー当日はラドムに泊まり翌日早朝に鉄道で移動、
荷物を駅のロッカーに預けて8時間の弾丸スケジュールでした。
それではポーランドの京都といわれるクラコフ編の始まり始まり・・・。

クラコフ駅
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ラドムから国鉄風味の電車で約2時間。
駅はラドムより大きく近代的で、如何にも観光客慣れしている感じでした。
トランクをコインロッカーに預けるのにトイレで両替。
ポーランドのトイレは有料ですが、その分清掃が行き届いてキレイです。

クラコフのバルバカン
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クラコフにもあるバルバカン。
クラコフ市自体も城壁で囲まれており、
その手前に要塞というか大型堡塁として建っています。
都市本体への攻撃をするにはバルバカンを陥とさないと挟み撃ちにされますね。
しかし1個だけだとそれ以外の方向からの攻撃にはどう対処するんでしょうか。
クラコフの場合は南はヴィスワ川に面していますが。

笛吹と尖塔
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かつて13世紀にモンゴル軍(バトゥ)が侵攻した際に
ラッパを吹いて街に知らせた見張りの喉に矢が刺さるという美談がありまして、
それをしのんで今でも毎時刻にはラッパの音が流れます。
似た様な話が日清戦争でなかったか?

フロリアンスカ門
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バルバカンのすぐ後ろから入ります。上部のレリーフが先述の笛吹き。
クラコフはWW2ではドイツ軍の司令部が置かれていたこともあり、
ワルシャワとは対照的に都市の破壊はほとんど免れました。
そのため中世からの建物も多く残っています。
石造りの建物で地震がない環境というのも建築物の保存に一役買っています。

クラコフ中央広場
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フロリアンスカ通りを尖塔に向かって歩くと、
最後に一度角を曲がってこの広場に出ます。
ダイレクトに入れないのは都市防御のため?
クラコフ旧市街(いわゆる観光地クラコフはほとんど旧市街)の中央にあり、
その真ん中が織物取引所になります。地下には歴史博物館。

聖マリア大聖堂
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クラコフのランドマーク。
ここの一番上からラッパが吹かれます。
『ポーランド史』を読むと13世紀ころのクラコフの風景画に既に登場していてびっくり。
すごい!教科書にそっくりだ!(違)
1220年に建てられましたがモンゴル軍に一度破壊され、
1290年ごろに基礎部分の上に先ゴシック建築様式で再建築されました。
以上、ウィキペディア英語版より。

時計台
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登れると聞いたのですが、どうも入り口が工事中だったのでスルー。
『地球の迷い方』にも上から撮った写真があったのにぃ。
高い所は大好き(・∀・)

教会
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クラコフには教会が沢山あります。
京都の寺社仏閣レベルの密度で教会だらけです。
フラッと入るとヘッドホンで説明を聞いて幾らか寄付をするシステムだったのですが、
これは中々に良いアイデア。
教会は宣伝と運営資金調達ができますし、観光客は歴史文物への理解を深められます。
日本の戦争博物館も真似すればいいのに。

教会内部
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多分アンドレイ教会とかいう名前だと思うのですが、
地図にもあまり大きく載っていないので分かりません。
中世の教会や王宮にある財宝や装飾は、
当時の技術レベルからすればオーバーテクノロジーな精緻精巧さです。
産業革命で機械の力により同質的高品質な製品が生産される以前は、
工業に向けられる資本はこうした精緻さに使われていました。

タデウス=コッシューシコ像
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ヴァヴェル城(旧王宮)に入る坂に立つポーランドの国民的英雄の像。
ワルシャワ編で紹介したユーゼフ=ポニャトフスキと双璧をなし、
アメリカ独立戦争にも参加しました。
自由と独立を希求して戦う姿は万国共通の尊敬を集めて止みません。

ヨハネ=パウロ2世像と教会
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ヴァヴェル城に入るとすぐに立っている教会。
ヨハネ=パウロ2世はクラコフの司教をしていたことがあり、
彼が教皇になって里帰りした時は共産党が騒然としたとか。
ポーランドではカトリックの伝統が極めて強固であったことから
共産主義政権も教会を認めざるを得ませんでした。
全国民を把握・統括できる組織がカトリック教会だけだったという面もあり、
江戸時代の寺社制度に通じるものがあります。
人はパンのみには生きられないと言いますが、
そのパンさえ満足に与えられないなら妥協するしかあんめぇよ。

王宮内広場
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なんだか穏やかで気分の良い中庭。
ポーランドは8月の晴天でも気温20度前半、乾燥していてとても快適です。
でも油断せず日焼け止めは塗っとくよろし。
ついでに乾燥のせいか唇がカサカサにひび割れて結構痛かった。
メンタムも用意しといた方がいいかもです。

ポーランド上空の空中戦
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常に空の見張りは怠りません(・∀・)
機械化されたドイツ軍に秒殺された旧式軍という認識が流布するポーランド軍ですが、
個々の兵器だけを見れば意外と拮抗・善戦もしていました。
ドイツ軍の本当の勝因は敵通信網の破壊と素早い後方への浸透です。
その意味では電撃作戦という戦術の真価が発揮されたといえるでしょう。

蛇行するヴィスワ川
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ポーランド南端の山岳地帯から南のクラコフを通り、
ワルシャワまで通じるヴィスワ川。
ここクラコフで大きく蛇行していますが、
流れの方向は大筋ではクラコフ近辺では東向き、その後北に向かいます。

ヴィスワ川の龍
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大昔、ヴィスワ川には龍が住み、若い娘を食べていたそうです。
王女様を生贄に差し出すことになったとき、
ある若者が羊をタール巻きにして龍に食べさせ成敗して王女と結婚したとか。
こういうのって世界中どこにでもある話ですが、
文化人類学的にはいくつかのレパートリーがありそうですね。
中国だと河川の氾濫を治水したとかがメジャーですが。

ポーランド民族衣装の少女像
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上の龍が食べていた若い娘の一例(違)。
俺、生まれ変わったら中世ポーランドのヴィスワ川の龍になるんだ・・・(錯乱)
あ、王宮のチャルトイスキ美術館には『白テンを抱く貴婦人』がありますが、
一日何人までと入場制限があるので注意です。
見られなかったらWAWでLOTの特別塗装機でも探してください。

ヤギェウォ大学
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見せてもらおうか、クラコフ第一にしてポーランド最古の大学の実力とやらを!
ワルシャワ編で出てきたコペルニクスも在籍していました。
何食わぬ顔で中をフラッと覗いてきましたが、入学の勧誘はされませんでした(笑)。

織物取引所
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昔は織物取引所として使われ、今は土産物売り場です。
ん~、どうも「ビビッ!」と来るものがなかったのが残念。
地下は織物取引所から広場の下まで広がる歴史博物館になっており、
クラコフの歴史を学べます。

聖マリア教会の裏手
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よくコンセプトの分からん像。でもこういうドヤ顔好き。
聖マリア教会は表から入ると真ん中ほどまでしか入れず撮影も禁止です。
しかし裏口から金を払って入ると奥にも入れて撮影フリー(追加料金必要)です。
この宗教法人だけど世知辛い浮世に微妙に適応している感が興味深いですね。
どうも日本は宗教法人やら公務員が商売するのはイカンといって
十把一からげに禁止したがりますが、この辺を見習うべき。

教会内部
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荘厳な装飾の施された教会内部。
ちなみにREMCAT的ポーランド人の印象は、「純朴でシャイな片田舎の農民」です。
擬人化するとカトリックの恥ずかしがりやなつるぺたの村娘(萌え不可避)。


『Veit Stossの祭壇彫刻』
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15世紀後半にドイツ人の彫刻家Veit Stossにより12年かけて作られ、
世界遺産にもなっているそうです。
そのためWW2ではドイツが接収しましたが、戦後返還されました。
ポーランド地域は中世からドイツ民族の東方植民が絶えず続いたため
他民族の雑居状態がデフォでした。
そのため何をもってポーランド、何をもってドイツと言うのが困難な面もあります。

 17:00頃には駅に戻ってお土産を調達、
おもちゃ屋にレベルのプラモの山を見つけたときは乗り遅れを一瞬覚悟しましたが、
日本でも入手できるし値段も日本並みだったので助かった(笑)。
ワルシャワまではICCプレミアムのファーストクラス、文句なしの新幹線超えです。
メーカーは仏のアルストーム、そういえばAMS-FRAのICCはボンバルディアで
上海リニモはシーメンスだったから、三大電車メーカー特急乗りましたぞよ。

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さすが一等車で、紅茶も出るし飯も食える。ローストビーフサンドを食べてみた。
豆入りの黒パン。旅先で食べるとおいしい(毎日は食べたくない)。
本を読んでいると酔ってきたので、振り子式か?

『ポーランド史』を読むと、社団社会からの脱却をできなかったのが
近世になってからの憂き目の原因みたいだが、なんで絶対王政にならなかったんだろ。
むしろ絶対王政になったのが英仏独墺くらいだから、なぜできたか、の方が気になりますが。

というわけで、実質わずか6時間でしたが効率よくみっしり回れたクラコフでした!
事前に攻撃目標を絞って効率よく攻める計画を立てていたのが奏功しましたね。

さて次回はワルシャワ軍事博物館を紹介します。
1508ワルシャワ軍事博物館―祖国の護り― お楽しみに!
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Author:REMCAT
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